2丁目 植木 育雄
鉄道には大陸横断鉄道といわれるものがある。その白眉はシベリア横断鉄道とアメリカ大陸横断鉄道。
その存在に常々心を奪われてきた。そして、ついにその鉄道に乗る機会が訪れた。しかも、頼もしい田端氏の同行を得て。
発端はニューヨークに駐在経験のある田端氏との会話。「ニューヨークに行きませんか?」「OK」「片道は大陸横断鉄道に乗って」 「OK」と、決断だけは早く、昨年年初に決定したのです。
私は毎日が日曜日なのに対し、田端氏は半分現役。調整の結果9月に決行となり、手配を開始。
既存のツアーに適当なものはなく、ネットで手探り検索。航空券は往路羽田→NY→シカゴ。復路サンフランシスコ→羽田。
ホテルはNY3泊、シカゴ1泊、サンフランシスコ2泊を確保。肝心の大陸横断鉄道乗車券はHISにお願いして68千円。
このお値段で全食付個室寝台2泊3日の旅。何処かの国の豪華列車に比しお値打ち。体調万全を期して出発を待つだけとなった。
9月8日(金)いよいよ出発の日。羽田空港の手荷物検査では、ナイフをうっかりバックに入れており、危うくチョンボとなるところ。
カウンターに戻り預かり荷物を追加したりのアクシデントあったが、時間には余裕を持って機上の人となった。
機内食をおいしくいただき、田端氏と共にビール・ワインをお替りしつつ12時間55分のフライトを経て晴天のNYジョンエフケネディー空港へ着陸。
アメリカには原爆を落とした国、人種差別の国、拳銃の国とかなり嫌悪感があった為、今回が米大陸初上陸である。
JFK空港は巨大空港だが、到着ロビーは意外に貧相、しかも入国手続は大変厳重で、小一時間ほど順番待ちを要した。
さてマンハッタンまではスカイトレインと地下鉄。これが一番安い手段です。 切符購入・乗換に戸惑いながら34Stペンステーションに到着。
駅からホテルまでは迷うことなく到着し、15時のチェックイン開始を待たずに部屋に入れ、しばし休憩。
このホテルは老朽化が進み、建付け悪くドアーを開けるのに体や足で押すのが必要な状態。駅からの道中、道端や駅内には、アル中か薬中か知らないが 大声や奇声を上げたり、体たらく寝転ぶ連中を見かける。その後訪れたシカゴやサンフランシスコでも見かけた。

荷物整理もそこそこにさっそく外出。まずはセントラルパークへ。摩天楼の中のセントラルパークでNYを実感。
かの有名なMOMA美術館を目指す。ここは金曜日夕刻以降は入館料無料。その為か大勢の人で大混雑。
美術鑑賞にも適当に満足し、頃は熟したとエンパイアーステートビルからの夜景見物にと歩く。 入場時に所持品検査があり、またまたナイフが引っ掛かる。没収・廃棄とならずに済んだものの、退館まで係員預かりとなった。
テロ対策は大変。86階の展望台は外界とは金網で仕切られるだけで、飛び降りようとすれば出来なくはない。
天気が良く空気も澄み、夜景の中に「自由の女神」が遠望でき、初めてのNYに大満足。
空には頻繁に離発着する飛行機が飛び交い、9/11テロを思い出させる。夕食はホテル隣のピザ屋でピザ・ビールなどをテイクゴー、ホテルの部屋で食べることにした。
店員は我々にジャパニーズ?と問いかけ、イエス!と答えると、オキナワ!アオモリ!ホッカイド!と大盛り上がり。
米軍か軍属で在日していたのか?そうして、日付変更線を跨いだ長ーい金曜日も終わった。
明けて9月9日土曜日。今日も好天。朝食は「バーガーキング」で。終えて、街歩きの前にまずは小用と、店のトイレを借りるも扉にテンキーがついている。
店員さんに番号を聞いてやっと用が足りる。まずは地下鉄でスタッテンアイランド島行きのフェリー乗り場へと向かう。
NY地下鉄といえば落書きや治安の悪さで有名だったが今やそれはない。安心して老いも若きも、そして、我々も利用している。
地下鉄・バスの7日間フリーチケットを購入しており気兼ねなく利用できる。
このスタッテンアイランド島へのフェリーは無料の上、自由の女神像の至近を通る為、像を身近に眺めることが出来る。
女神像の島へ上陸するとそれなりの出費がかかるため、このフェリーを利用する観光客も多く、大半の客は直ぐ折り返しの便にてUターンする。
我々は1便ずらし次便でUターン。その船中、日本人の若い女性2人組に出会った。彼女たちは今日これからメキシコのカンクンへ旅立つ由。
会話はあまり弾まず、いつの間にか他所へ立ち去って行った。イケメンでもないおじさん2人では仕方ないか。
下船後、ダウンタウンの名所見物。NY証券取引所は田端氏のかつての職場至近。当時の仕事場があったビルも残ってました。

メモリアルパークに敬意を表し、ブルックリン大橋へと歩く。
途中の屋台でホットドッグを買い公園のベンチで昼食。ブルックリン橋も大勢の観光客で混雑しており、小1時間かけて渡り終え、マンハッタン対岸の波止場で小休止。
さて次はどこへ行く?となり、NY鉄道博物館へ行こうと決定。地下鉄と徒歩で悪戦苦闘しつつ閉館30分前ぎりぎりに到着。
廃駅を利用した施設で、古い車両が10両ほど留置され、大変興味深く見学出来満足でした。

一旦ホテルへ戻り、夕食を取りにチャイナタウンへ再度出かける。NYのチャイナタウンは横浜・神戸のようにレストランばかり目立つ中華街とは異なり, 華人の企業や商店が密集する地区を指すようだ。漢字溢れる町中にやっと見つけた目当てのレストランは長蛇の待ち客。
諦めて、マスターが客引きする店に入ったもののアルコールは無いとのことで退店。次の店に入ったが、アメリカナイズされた店で、期待した味とはいかず残念でした。
帰りの地下鉄車内では、日本人のすし職人さんに出会う。彼はチャイナタウンに店を開くにあたり、地区のボスへあいさつに行った帰り。
ボスから「チャイナタウンは夜が早い、遅くまで店を開けるな」と忠告を受けた由。
彼氏は「NYはチャンスが多い、苦労のし甲斐がある」と言いつつガールフレンドと途中駅で降りて行ったのです。
明けて9月10日日曜日。今日も晴天。カフェでオムレツとパン・コーヒーで朝食。昨日の「バーガーキング」よりずっとおいしかった。
午前中は田端氏のかつてのお住まい訪問。グランドセントラル駅から通勤電車に乗る。田端氏にとって35年ぶりのセンチメンタルジャーニー。
駅名を思い出すのに一苦労。でも見つけたアパートは今も健在。その後移り住んだ戸建ては所在不明でした。
飲み物を買いに入った町内の店ではイタリア系老人オーナーが「ノースコリアのミサイルはけしからん」「トランプはいいがオバマはだめだ」とか五月蠅い!
わたしは半分も意味不明、T氏に対応一任。帰りの電車は30分の遅れがあり、飛ばす、飛ばす、事故が無くてよかった。
午後はメトロポリタン美術館、ここも大混雑。館内では田端氏とは別行動、それぞれ興味あるところを鑑賞。
時間を決めて集合し、さっさと退館。帰りはNY路線バスの旅へと方針転換。すると美術館前のバス停で、NY在住の日本人セレブ婦人と巡り合い。
バスルートを教えられたり、日本は今どんな気候ですかと尋ねられたり、心安らぐ待ち時間となったのです。
黄昏のNYをバスでたどり、ホテルへは陽もとっぷり暮れての帰館でした。
明けて9月11日月曜日。今日はシカゴへの移動日。朝食に、昨日と同じカフェへ入る。 全く同じものを食べて、さて会計。
昨日と値段が違う!T氏によれば「こんなもんだ」とか。
午後の便まで国連本部に行こうと、5番街まで歩いた後、地下鉄で昨日も寄ったグランドセントラル駅で降り、徒歩で国連ビルへ。
警備はそれほど厳重と思えず、各国の要人が来て会議でもない限り、ただのオフィスビル!失礼。
さてホテルへ戻り荷物をピックアップ、精算すべくフロントへ並ぶも長蛇の列。別払いはないはずとキーボックスにキーを投入して3泊世話になったホテルにおさらば。
真向いのペンステーションからニューアーク空港へ電車で向かう。
ターミナルビルを間違ったりしながらもシカゴオヘア空港行き便に搭乗、しかし、なぜか搭乗ブリッジ途中で随分と待たされやっと機内へ。
機体は所謂リージョナルジェット。NY→シカゴの大幹線にリージョナルジェットとは役不足と思うが何か事情があるのだろう。
2時間半のフライトを終え、空港から市内へ地下鉄ブルーラインで向かう。
ホテル最寄り駅はグランド駅とのことで下りるも、本当の最寄り駅はレッドラインのグランド駅。
同じ駅名を名乗りながらブルーラインとレッドラインとではグランド通の西と東。東京メトロの大手町駅の比ではない。歩いてたどる。
道行く若い女性には方向違いを教えられたり、やっとの思いでホテル着。
しかもそのホテル真ん前で売店のお兄ちゃんにホテルの場所を聞くもんだから、変な目で見られたり散々。
その後ともかく夕食をと街に出る。25$の看板につられてステーキ屋に入る。
肉はドでかく、付け合わせのマカロニやポテトはとてつもない量、ロブスターの尾の身までついてこのお値段。
コスパ最高なのに味の方はこれ以上悪く味付けできない感じ。大好きな肉も口に合わない。
9月12日木曜日、今日も晴天。この旅の本来の目的、アメリカ大陸横断鉄道乗車の日。
早起きして一人でシカゴ名物高架市街鉄道をチョット見学に行く。その高架下は米映画のカーチェイス場面によく出てくる。その後田端氏とシカゴ市内を街歩き。
シカゴ美術館までたっぷり歩いた。
14時シカゴ・ユニオンステーション発SFエミリービル行き、大陸横断鉄道「カリフォルニアゼファー」号への期待を胸に駅へ向かう。
この駅もNYのグランドセントラル駅やペンステーション駅に卓とも劣らない立派な駅。鉄道黄金時代を彷彿させるものです。
カウンターに普段着で座ってるおばちゃんにEチケットを見せると、Eチケットの発車時刻欄を15時30分と蛍光ペンで書き換えるではないか! 最初っから1時間半の遅れ。しかも号車番号や寝台番号を記したチケットも渡されず。不安を抱えつつ寝台客用のラウンジで寛ぐ。
ラウンジでは軽食や飲み物を無料で頂ける。これは良い。他の客はそれぞれの行き先に合わせて立っていく。
列車はオール2階建て、見上げるような高さ。日本の2階建て新幹線より高い。 入った個室は2階、ルーメットの2段寝台。
長旅にお付き合いいただく田端氏に下段をお譲りして私は上段に決定。天井はやや低い。通路を挟んだ向かいは初老の感じのいい米人夫婦。
時刻が来てやっと発車。2438哩(≒3925KM)の旅が、今、始まった。しばらく地下区間を走り地上へ。徐々に田園風景となる。
トウモロコシや小麦畠が続く。通過する市街地では「ヴォ―ヴォ―」と警笛を鳴らしながら突進。
大河ミシシッピ河を見ようと構えるも、いくつか川を渡ったが、これだ!とはわからず。
そうこうするうちに食堂車の予約係が来た。我々の車両は最前部で食堂車からは一番遠く、良い時間は埋まり、空きは9時からだとのこと。
でも「出前はできます」のありがたいお言葉で、8時に私はステーキ、田端氏はグラタン、そして有料のビールを注文。これはおいしかった。
食べたトレーは通路に出して、階下のシャワーへ行く。これも料金内。いつでも使えて、湯量も時間制でなく豊富で有難い。さっぱりして就寝。その前にトイレ。
ただ個室は狭く、関取級の臀部の米人はどう使っているのか?腰が収まるのか?収まった腰が抜けるのか?拭けるのか?トイレを壊さないか?
他人事ながら田端氏と本気で心配した次第。
9月13日水曜日、起床。「カリフォルニアゼファー」号は地平線までの農地の中を快走。しかし遅れは増加。
デッキには温かいコーヒーが紙コップとともにサービスされ、優雅に朝のコーヒータイム。朝食は車内放送で名前が呼ばれて、食堂車に行くシステム。
放送の発音が自分の名前かよくわからない。これかなとの思いで席に着く。献立はパンとジュースに卵焼きの定食。
やがて沿線随一の都市デンバーの町に入り、操車場で一時停止。その後スイッチバックしてデンバー駅に到着。
定時7時15分が、9時35分。さらに、車内放送で3時間停車しますと告げられ茫然。都合、発車は4時間半遅れ。3時間のつぶし方は駅周辺をヤケクソで街歩き。
売店や本屋をのぞいたり、デンバー空港行きのシャトル電車を撮影したり。
デンバー郊外には有名な鉄道博物館があるのだが、駅のインフォーメーションで聞くと3時間で行って帰っては無理とのこと。
車内へ戻り発車を待つ。遅れの定刻で発車してやがてロッキー山脈への登り開始。展望車へ移動する。
この区間は沿線風景が有名で、天井がガラス張りになった展望車へ続々乗客が集まってくる。通過してきた線路がΩカーブを描きながら後ろに過ぎていく。
遠くにデンバーの摩天楼を眺めながら1000mの標高差を登る。すれ違いの貨物列車があればΩループを下る様子が眺められるはずだが、今日はない。
1時間ほど眺めが続きサミットのトンネル突入。食堂車からの昼食呼び出し放送があり、ハンバーガーをいただく。うまい。
列車はロッキー山脈に分け入り、山岳地帯を抜けていく。スキーリゾートのような小駅で下車客もある。
逆に乗車する人はこんな遅れの列車を待つのか?客層は寝台客はリタイヤ組、座席客はあらゆる客層。座席でも座席間隔、座席幅とも広く、快適そうだ。
他に日本人は見当たらない。途中駅から乗ってきた一人旅の初老男性はジェット機のレーサーだと言い、リノまで行くという。列車の遅れは縮まることなく夕食時刻。
2晩連続でステーキを選択。この食堂車ずーっと味は良い。外は闇、いくら走っても人家はまれ、車のヘッドライトがたまに光る。ナビがあっても地元民でなければ怖い。
明けて9月14日木曜日。「砂漠だよ」と田端氏の声で下段へ降りる。外は砂漠。
草かサボテンか分からないものが生えて不毛ではない。
その砂漠地帯を等高線に沿って延々と走る。鹿がいた。
ジェットレーサー氏がリノで下りてゆく。乗客も減ってきた。夕刻にはカリフォルニア州に入りデンバー以来の都市も現れた。
食事の提供は今日の昼までだが、遅れの関係なのか、夕食の予約係が来た。別料金の様子の為、お断りする。
20時30分、ついにSFエミリービル駅に到着。4時間30分の遅れだ。
一人20ドルのチップを担当車掌に渡す。ベッドのセットや解体、清掃などお世話になった。サービスはフレンドリーだった。
エミリービル駅はSFの湾を隔てた対岸で、夜でよく判らないが住宅地みたいなところ。市内へは1台だけの連絡バスに乗る。
このバスも乗り継ぎ客が揃うのに30分待つ。30分掛かってダウンタウンの中心、トランスベイターミナルへ到着。

タクシーでホテルにつき、チェックインする。係の女性に田端氏が「シカゴから列車で来た、4時間半遅れた」と言ったら、彼女曰く「クレイジー?」。
この晩何を食べたか思い出せない。部屋は角部屋、展望も良く、この旅1番の部屋でした。
9月15日金曜日。サンフランシスコにも好天が追って来る。朝食はまたも「バーガーキング」。
この店は小用扉前にガードマンがいて、20セント払うかレシートを見せろと言われる。が、レシートは皿と一緒に捨ててしまった。
するとガードマン氏「これで入れ」とばかりに親切に20セントを恵んでくれた。「サンキュー」。
今日はゴールデンゲートブリッジからフィッシャーマンズワーフへと廻り昼食はシーフード。
名物ケーブルカーに乗り、サンフランシスコ鉄道博物館へお邪魔する。係員は日本語ペラペラで情報交換。立派なカレンダーをいただく。
夕食はイタリアレストランでワインと共に楽しんで最後の夜を締めくくる。
9月16日土曜日、この旅最終日。中華街へ足を運び担々麺の朝食、 うまくて、洋食続きの中で、ほっとする。
コイトタワーに上る、と、看板に「コヨーテが出没する!注意!」とあり、びっくり。
さて空港への地下鉄切符を買おうと自販機と格闘していると、どこからともなく現れたオバハン、そばに来て親切に買ってくれた。
が、「お釣りはもらっておくから」と去っていった。高い手数料取られた感じ、親切詐欺。
そんなこんなと試練を乗り越え、帰途の便へと乗り込んだのでした。 クレイジー?な旅にお付き合いいただいた田端氏に感謝。
次はシベリア鉄道乗りに行かない?田端氏いわく「勘弁してよ?」。
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